平和のためのピクニック

2026.6.20 14:15


平和のためのピクニックを開催します

初めましての方もどうぞお越しください。


平和を願うこと。

それは日本で生まれ育った私には当たり前のことで、なんなら願わなくても、この先日本で再び戦争なんて起きないだろう とぼんやり感じながら大人になりました。
でも近頃のニュースを見ていて、平和もそれを願うことも、当たり前でも簡単でも決してなかったのだと目の覚める思いです。



今、私は広辞苑によると②の意味で、近い将来日本が・自分の周りが、平和ではなくなるかもしれないという危機感を持っているのですが、自分が平和だなと感じる時は①による場合も往々にしてあると改めて思いました。
そして①の意味での平和は瞬間的には感じるけれど、やすらかにおだやかに歳を重ねていけるとは到底思えない制度設計の中に生きているとも感じます。
また今回のナフサショックで、①②ともに当てはまらない遠くの国の人々のことも、決して自分と無関係ではないと思い知らされました。

では私(たち)に何かできるのか? 投票やデモには行くけれど、できることはそれだけなのか。わからないけどまずは同じ/近い考えを持つ人たちで集まって話すことで、そこから何かが始まるかもしれない、と思いこの企画を考えました。

当日はずっとやってみたかった哲学対話をしてみたいと思います。


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哲学対話とは・・・ 

一つのテーマについてその場の皆で一緒に考える方法です。
●何を言ってもいい
●発言しなくてもいい
●人の発言を否定しない
●自分の言葉で話す
●話がまとまらなくてもいい
●意見が変わってもいい
という約束のもと、車座になり話します。
時間が来たら終わりで結論は出ません。
哲学と名前がついていますが、難しい言葉はいりません。
子どものために考えられた手法なので、大人から子どもまで一緒にできます。

発言しなくてもいいの? と思われるかもしれませんが、考えることが目的なのでしてもしなくても大丈夫です。黙って聞いている人のなかに豊かな考えが広がっていることも大いにあることだと思います。
対話のテーマは「平和だなと思うのはどんな時?」です。

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言葉の持つ意味やイメージは辞書による定義を超えて/拡げて私たちのなかに生きていて、一人ひとり微妙に違うものを持っているという気がしています。集まった人たちそれぞれの「平和」を交換するところから、初めてみたいと思います。

当日は、写真の一戔五厘の旗を目印にお越しください。
プラカードの提示やスピーチ、コールは行いません。

皆が安心していられる場にしたいので以下注意事項も読んでください

●差別・ハラスメントはやめましょう

(国籍・年齢・ジェンダーなどで判断しない。「若いのに偉いね」などもこれにあたります)

●家族構成など、プライベートなことを無理に聞き出さないこと

●この場で知り得た個人情報を相手の許可なく共有しないこと



飲み物・おやつ・敷物・その他楽しいもの、ご持参ください。
雨天中止の場合ユートピアノのInstagramアカウントでお知らせします。

 

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